沖縄伝承話データベース

西原町の猿長者の語り

城間カメさん(西原町棚原)

城間カメさんは、1914年7月29日に西原町棚原に生まれました。カメさんのわらび名はカマ―、西原尋常小学校を卒業後、農業に従事し、戦時中は糸満市(高嶺村)で過ごし、戦後はふたたび農業に従事したそうです。聞き手は、沖縄口承文芸調査団の大熊亨さんと山城孝子さん、1982年2月17日の記録です。

【しまくとぅば】

※Flash Playerがインストールされていないと、正しく再生できない場合があります。

【語りの梗概】

区ぎりに貧しい人と金持ちがいた。金持ちは欲張りで、貧乏人は大晦日に(何もなかったので)何をつくっていいか分からなかった。また、金持ちは貧乏人を馬鹿にして何も貸さなかった。すると天からおじいさん(神様)が降りてきて(貧乏人の家に泊まる)。(神様が)貧乏人に鍋を借りに親戚の家に行った。親戚は貧乏人が何を食べるのだろうと不思議がっていた。天からやってきたおじいさんは借りてきた鍋に水を入れなさいと命じ、薬をたらすと御飯や肉になった。次の日、顔を洗うと(貧しい人は若返った)鍋を返しに行くと、親戚の人達は「貧乏人は何を食べたんだろうと話していたらしい。おじいさんの話を聞いた金持ちは「私達もそうして下さい。」というと(神様は)「お前達には悪がある。」ということで猿にしてしまった。その猿は、いつもやってくるので、あのおじいさんが「庭に石を焼いておきなさい。」と教えた。すると焼けた石はさるになった金持ちがやってきて座る。さるのお尻が赤いのはその時、黒く焼けた石に座ったためである。

>>  猿長者 TOP