新垣孫栄さん(西原町掛保久)
新垣孫栄さんは、1907年7月5日に中城村和宇慶に生まれました。さんは、15才の時大阪に行き、紡績や建築関係の仕事をした後、昭和16年に沖縄にもどり、戦時中は西原で沖縄戦を経験し、シナに陸軍の兵卒として渡り、戦後は軍作業や大工や農業をしたそうです。聞き手は、沖縄口承文芸調査団の湧川紀子さん、1982年2月16日の記録です。
【しまくとぅば】
※Flash Playerがインストールされていないと、正しく再生できない場合があります。
【語りの梗概】
昔、ある所に、長者の家と貧乏者の家が並んでいた。大みそかの晩に乞食が長者の家にものごいに行くと「今日という日に縁起が悪い」とそこから追い出されてしまった。そこで乞食は貧乏人の家に「何か食べさせてくれ」と言うと「私達は貧乏で何もないですよ。だから、二人で今、火正月をしている所ですけど、貴方も一緒にあたたまってください」とその人を温かく迎え入れた。すると、この乞食が鍋に御馳走を作り、年を越した。(元旦に)若水を汲ませて、それで貧乏者(おじいさん、おばあさん)を浴びせると、二人とも17,8頃に若返っていた。その後、長者の家へ年始まわりに行くと「お前は誰だ」というので家の前の者だというと、「何故お前達はこのように若くなっているのか」と聞かれたので、その理由を教える。すると長者は、その人(乞食)を捜してきて、お願いをして若水で浴びると猿になった。それで、貧乏者が長者の家に住むとそこの家の黒石に座っているので、どうしようかと悩んでいるところにこの乞食が来て「黒石を焼いておけ」と教えた。そのようにしておくと、翌日来た猿は焼かれた黒石の上に座ったので、尻はやけどをして赤くなったという。