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【語りの梗概】
東恩納当は「人間は出かける時は、その場所に応じたかっこうででかけるものだよ」と、話されていらっしゃたんだって。「どうして」と聞くと。私が分家したじき、青年時代に青年評議員をさせられてね。それで、部落での畑勝負の時だが。その頃までは、後原(くしばる)も東恩納(ふいじゃうんな)も前原(めーばる)も、一(ひと)部落だったのでね、各部落の青年の評議員をしている人たちが集まって三つの部落の畑をみんな見回り、畑勝負をした。そうして、畑を見回ってきてから、当(とー)の主の長男も、私たちと一緒に評議員をしていたので、「もう少しでお昼になるので、さあ、私の家でお茶でも、飲んで休んでから、また回ろうじゃないか」というので、そこで茶を飲み、黒砂糖などもたくさん食べた。そこは大金持のところだから。当の主は、ひげをはやしていたので、ひげもじゃ、と呼んでいた。その当の主の話ですが。郡の研究会といって、今の展示会ね、それが、中頭郡は普天間で行なわれた。それで、そこには中頭郡全体の大金持ちの人たちが集まってきたので、「さあ、さあ、さあ」と、お互いにさそいあって、ジュリの家へ行かれたんだって。これだけの人が、大金持ちの人が集まるのはめったにないことなので、「今日はジュリの家へ行き、話をしながら会を持とうなあ」といって、「さあ、行こうか。そうしような」と呼びかけたら皆賛成した。すると、他の大金持ちの人たちは、紋付羽織を着てね。だが、当の主人は上から昔は外套といって、上からひっかけて着るもので、主に寒さをしのぐために着る物、それを着た。東恩納の人たちはいつも軽装なのでね。そうやってジュリの家へ行くと、またそこでは東恩納当の主人は、年が一番若かったんだって。それで、ジュリの家ですわる時も下の方にすわったので、ジュリたち一人残らず、「このひげもじゃの男は、おともなのかねえ」と、わざと聞こえるように話していたんだって。そうして、お茶を持ってくる時でも、他の人の所へは、茶托にちゃんと茶碗をのせて持ってきてさし上げるが、当の主の所へは、手で茶碗をもってきて、お茶をついで出してたんだって。そうしたもんだから、城間仲(ぐすくまなーか)の主が立ってこられて、「お前たち、あの人は東恩納の大金持ちの主人でいらっしゃるのに、そんなことをするのか」というとジュリたち皆出てきて、「どうもすみませんでした」と、ひざまずいてあやまっていたんだって。すると一人のジュリが、「あなたは、東恩納の大金持の主人でいらっしゃるんですってね」と聞いていたんだって。そうしたら、「そうだ。それがどうかしたのか」と答えると、「それなのに、そんなにしていらっしゃるのですか」というので、「ああそうだよ。それが何か悪いか」といってあげたという話なんですがね。それで、そのことから、「出かける時は、その場所に応じたかっこうをするもんだよ」と、その人が話してくれた。