沖縄伝承話データベース

萩堂盛樽さんの語り

子供の寿命(しまくとぅば)

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【語りの梗概】

十八になる青年が道端で働いていたそうだよ。そしたら偉い三世相が、「惜しい若さだなあ。」と言って通って行ったそうだ。それで、この青年は、「どうして、あんなこと言うんだろうなあ。」と家に走って帰って来て、「こういうふうに言って通って行く人がいたよ。」と親に話すと、両親が、「それで、その人はどこへ行ったんだ。」と聞くんで、「どこそこに行ってるよ。」と教えたんだ。それで両親が行ってみたら、三世相は、「お前達の息子は十八なんだが、今度亡くなるからな悔むんじゃないよ。」と言ったそうだ。この両親が、「息子がなんとか長生きするようになりませんかね。」と尋ねたら、「そういうことなら、どこそこで、北極星の神と、南の星の神が碁を打つから、そこに酒と肴を持って行って傍に置いてお願いするんだな。」「そうですか。」と言って両親は帰ったって。

それから、両親は酒と肴を持って行って、始めはもう酒や肴は傍に置いて、知らんふりして下の方に下がって座っていたそうだ。そしたら、この北極星も南の方の星も碁に夢中なって、傍にある酒を取って飲んだり、御馳走を取って食べたりしたんだ。碁を打ち上げて御馳走もなくなったので、この両親は出て行って、「こうこういうわけで私達の息子は、十八になるが、こうこうでもう今度までの命といわれています。息子の命を延ばしてもらおうと私達はこうして、酒肴を仕たくして差しあげているんですよ。」「ああ、そうですか。」と言ったら、一人の神が、「もうこれは帳簿に決められているからなあ、延ばせないよ。」一人の神はまた、「ああもう人の御馳走を食べておいて、人の願いをとおさないというのは都合が悪い。礼儀というのは、これじゃあいけないから、なんとかして延ばせ。」「それじゃあもう八つをあげよう。」ということになったんだ。十八と帳簿に書かれているものに、下に八の字を書いて入れても読めないしな、それで、上に八を入れたら、八十八になってね、この青年は八十八で亡くなったので祝いをしたそうなんだ。それから、八十八の祝い(トーカチ・米寿)が出来ているそうだよ。

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