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【語りの梗概】
これは自分の習った通りにしか言えませんよ。今生きていらしたら百五十ぐらい、もっといくんじゃないだろうか、その元祖のタンメーターと呼ばれる人から習いました。仲順の本元の七煙というのは、元はずっと上の上門井戸にあったんですよ。その上門の屋敷も、今の上ヌ安里の畑にあったと。だから、今も昔に、その水を飲んでいたときの上門井戸を拝んでいます。そして、こっちにいらっしゃった仲順大主もあの辺に住んでいたんですね。そうして、後から上門には、他系から嫁がきて、「あんたらは、下におる他系からの嫁で、こっちの本元でないから、あんたら上門井戸のこっちの上に上がってはいかないから下に下がれ」と言われて、そのときから、前の方のこの県道から向こうに下ろされたと。そのとき、七軒が下がってきて、「山を前にしたらいいけども、裏山を前にしたら悪い。また後ろは岩山がいい」と言ったそうです。だから、そこは後ろは岩、前は土になっています。そして、その井戸からは、みな七煙のあときから飲んでいる。仲順大主もあちこち回れられてから、始めは喜舎場の上に来て、それから、ここに来た。また義本王も始めはあちこち歩かれた後、殿ヌ毛にいたけれども、仲順大主などを頼りにして、「こっちにいる」と言うて、そのままこっちに住んでおられたと。後は、その七煙の子孫の人たちが喜舎場のこっちの上に来てから人が増えたから、まあ、相当喜舎場にはその一門がいます。こっちの喜舎場にいるときからの人の方が仲順よりかえって、喜舎場に一門が多いと言うことになっている。七煙といったら、七家庭で、その七家庭は、だからどこどことあるが、その中でも上門と言うのは、昔からのまま家は残しているのさ。ただ今この仲順のシマにいるのは三家庭で、ほとんどが私たちの一門です。「外国に行ったほうがいい」と出かけている人が多いし、あとはどこへ行かれたのか全然分からん。もう今では、それで、少なくなっています。今の仲順の字は、あちらこちらから入りこんで来て、多くなっていますが、ずっと昔から住んでいる家は少ししかおりませんよ。