祖先祭祀と韓国社会

アカデミック・シリーズ・ニュー・アジア12
祖先祭祀と韓国社会
ロジャー・ジャネリ、任敦姫 著|樋口淳・金美栄・近藤基子 訳|第一書房|定価3,500円

21世紀に入って、いきなり「冬のソナタ」がヒットして、韓国ドラマブームがやってきて、ケーブルテレビでは、ほぼ毎日韓国の歴史ドラマが流れているので、日本の視聴者は韓国の歴史や現代の生活にたいへん詳しくなりました。

おかげで、今日の日本人の多くは、韓国の人々が大切にする祖先祭祀や、その基本となる「族譜」という一族の系譜に関する幅広い理解を有するようになったと思います。

本書は、ともに文化人類学者であるロジャー・ジャネリと任敦姫夫妻が、1970年代末に、ソウルから30キロほど離れたティソンディ という小さな村に移り住み、この村の安東権氏の一族の祖先の祀りを 中心とした生活を丁寧に記録したフィールドの記録です。

都市化が進み、高層アパートに住む人たちが、圧倒的に多くなった韓国では、たしかに村の生活は「都市周辺に住む老人たち」のもので、確実に姿を変え、消え去りつつある「昔の」「時代遅れの」遺物のようにも見えます。

しかし、その一方で韓国の人たちは、自分の属する家族の歴史をとても大切にしています。そして同じ祖先をもち、姓を共有する共通の人たちが、血を分けた「一族」あるいは「家族」としての認識を持ち、いまだに同じ故郷の同じ先祖から生まれた族譜を共有する人たちが、同じ血族に属する人たちの間では結婚しないという姿が普通に見られます。

そしてその血族の成員は、例えば安東を故郷(本貫)とする安東権の一族の場合などは500万人を越えますから、なかなか厳しいルールだと言えます。

さらにまた、この血族意識が韓国・朝鮮民族の結束を強め、たとえば「冬ソナ」の主演をしたペ・ヨンジュンがファンに向って「私たちは家族です」と呼びかけたり、北朝鮮の最高指導者・金正恩が、韓国の人々に向って「私たちは血で結ばれた血族」であるなどと団結と統一を訴えることが、ごく自然に行われ、韓国・朝鮮人々の「心にしみてしまう」ことも事実です。

韓国には、たくさんのすぐれた民俗学の仕事がありますが、不思議なことにロジャーや任敦姫のような地道なフィールドワークは少ないのです。

急速に姿を変えつつある韓国社会のなかで、いま書きとめなければ、すぐに忘れられてしまう、貴重な精神生活と社会生活の原型がここには見られます。