ほういんさまときつね

松谷みよ子 監修 むかしむかしばなし
樋口淳 文・赤坂三好 絵|フレーベル館|定価1,010円

これは、松代町千年の高橋モミさんに聞いた話です。モミさんは明治30年生まれで、私が話を聞きに訪れた時は93歳でした。

ものすごく元気のいいお婆さんで、私たちが行くと大きな座卓を持ち出して、「あちゃ、今日は何の話をしょかの」というのです。

モミさんは、キツネやタヌキが人を化かす話が得意でしたが、この「ほういんさまときつね」も、そうしたキツネ話の一つです。

主人公の「ほういん(法印)さま」というのは山伏のことで、八海山をはじめとする名峰の山岳修行が盛んな松代では、春になると法印さまと呼ばれる山伏たちが、村の家々をまわってカマドを拝んで、家内安全や豊作祈願をしてまわり、お礼に米や野菜をもらって帰っていきました。

この話は、そうした山伏が、昼寝をしていたキツネに悪戯をしたために、手ひどいしっぺ返しをされる話です。

松代町で、モミさんのほかにもう一人忘れることのできない語り手に、柳熊蔵さんがいます。

柳さんは世間話の名手で、ある時私に「先生、おれは八海山で修行をしたから金縛りの術をかけることができる」と言うのです。

そこで私が「それなら、ぜひ私にかけて欲しい」と頼むと、「先生にかけるのは簡単だが、とても危ないからやめておく」というのです。

その時に、熊蔵さんが語った山岳修行の話は実に興味深いものでした。

山伏が修行をして山を駆ける姿を「天狗」にたとえる話は、全国で聞かれます。

山伏と山岳信仰は、いまも全国各地に生きていますが、家々にカマドがあり、カマドの神が祀られていた少し前までの時代には、山伏は私たちの生活にずっと親しい存在であったことは、忘れることはできません。